資産形成をしている私が、闇バイト事件から考えたこと

投資

最近、闇バイトによる高齢者を狙った事件を目にする機会が増えました。

もちろん、犯罪は絶対に許されるものではありません。

ただ、こうした事件を見ていると、「お金をどう持ち、どう使うか」ということについて考えさせられます。

私は投資を続けていますが、お金はただ増やすだけではなく、
最終的には使ってこそ価値があるものだと思っています。

今回は少し重いテーマになりますが、最近感じたことを書いてみたいと思います。

大前提

最初にお伝えしたいのは、犯罪はどんな理由があっても正当化されるものではありません。

この記事は事件を擁護するものではなく、

「なぜこのような事件が起きる社会になってしまったのか」

を、自分なりに考えてみた内容です。
(その結論に至る過程も当初記載していたのですがあまりにも高齢者批判や政治に寄りすぎる
話になったのでかなり省いて投資における結論のみフォーカスしています。)

あくまで一個人の考えとして読んでいただければ幸いです。

お金は社会の中で循環してこそ意味がある

私は、お金は貯めることも大切ですが、それ以上に社会の中で循環することにも意味があると思っています。

日本では平成の長い不況の中で、多くの家庭では

「使うより貯める」

という選択を続けてきました。

もちろん、それは当時としては合理的な判断だったと思います。

ただ、その結果として消費も投資も弱くなり、
経済全体の元気が失われてしまった側面もあったのではないかと感じています。

もし、その一部でも投資や消費という形で社会に循環していれば、もう少し違う未来もあったのかもしれません。

もちろん、これは私の推測であり、経済はもっと複雑な要因で動いています。

そしてその一部のお金を貯めすぎた高齢者が狙われているのが現在の状況です。

資産形成をしている私も他人事ではない

この事件を見ていて思ったのは、

「お金は貯めること自体が目的ではない」

ということでした。

結局、お金をためすぎて犯罪に巻き込まれて亡くなるのは無念でしかありません。

私は株式投資を続けています。

銀行預金だけではなく企業へ資金を回しているという意味では、多少なりとも経済へ参加しているつもりです。

それでも、資産形成ばかりに目が向いてしまうと、

「いつ使うのか」

という視点を忘れてしまいます。

一生懸命お金を増やしたのに、使う前に人生が終わってしまったら少しもったいない。

最近はそんなことを考えるようになりました。

私の投資計画

だから私は、

一生資産を増やし続けるつもりはありません。

現時点では、
40〜45歳頃を目安に資産形成を一段落させ、
そこからは資産を使うフェーズへ移ることを考えています。

もちろん浪費するわけではありません。

旅行に行ったり、家族との時間に使ったり、趣味に使ったり。
そういった経験にお金を使いながら、
65歳頃までに資産を徐々に取り崩していければ理想だと思っています。

もちろん、その後も生活できるだけの資産は残す前提です。

おわりに

今回は少し重いテーマの記事になりました。

普段は投資そのものについて書くことが多いのですが、事件をきっかけに

「お金は増やすことだけが目的ではない」

ということを改めて考えさせられました。

投資は将来の安心を得るための手段です。

だからこそ、安心を得た後は、その資産を使って人生を豊かにすることも
同じくらい大切なのではないかと思います。

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