買い煽り、売り煽り、
日経高騰、日経暴落、
オルカン最高値、オルカンはオワコン、
おすすめ銘柄、この銘柄はダメ。
投資の世界では、同じタイミングでも全く逆の意見がよく出てきます。
正直なところ、私は以前、「暴落が来る」といった意見に対して「何を言っているんだろう」と
思うこともありました。市場が右肩上がりでいてくれた方が精神的にも楽だからです。
しかし、最近思うことがあります。
自分と反対の意見に対して、過剰に反応することは本当に良いことなのか。
今回はそのことについて書いてみようと思います。
はじめに
元々こちらのブログでは投資について思うことを投稿していました。
ただ、その当時はまだ経験が足りないなと思って途中ですべて非公開にしました。
それでも、自分の思うことはたまるばかり。。。
そこでいつものテンションでのブログではなく雑感として吐き出したいと思います
そのため装飾が少なめです。
※他の人が発言したことや本から学んだこともあるので聞いたことがある話もあると思います。
私の投資経験は下記となります
- 2019年投資を始める。投資歴7年です。(投稿時点)
- 金融資産はある程度持っています。(値動きが激しい時には1日で新卒の月給を上下するくらい)
- 日本の高配当投資を中心に、投資信託、米国ETFを合わせて買っています。
煽りでも中身が重要だと思う理由
投資の世界では、ときどき宗教のような状態になることがあります。
自分の投資方針と違う考え方に対して、過度なヘイトが向けられることがあるからです。
まるで異教徒を許さないような勢いで、、、
投資には
- 順張り
- 逆張り
という言葉があります。
多くの人が同じ方向を向いているとき、必ず反対の意見を言う人も一定数います。
そしてその中には、普段は順張りをしつつ、致命傷にならない程度に逆張りを行い、
○○ショックのような大きな下落の際に大きな利益を取る人もいます。
そうした人は、
「○○ショックを予測した人」
として一気に有名になることもあります。
ただ、実際には
常に逆張りを主張していた結果、たまたま当たった
というケースも多いのではないかと思っています。
いわゆる「オオカミ少年状態」です。
オオカミ少年でも価値はある
では、そのような人は
発信をやめた方が良いのかというと、私はそうは思いません。
むしろ、そのまま続けて良いのではないかと考えています。なぜなら、
そこにはその人なりの分析と視点があるからです。
意見には必ず
- データ
- 仮説
- 分析
が存在します。
そして、その中には多くの人が持っていない視点が含まれていることもあります。
ただし、信じるかは別問題
もちろん、その人の意見をそのまま信じるわけではありません。
私は次のような点を確認するようにしています。
- データに信ぴょう性はあるか
- その確率はどれくらいか
- 再現性はあるのか
- 自分の投資ルールに反しないか
これらを確認しながら、情報を取捨選択しています。
例えば、私の投資ルールでは「今すぐ売れ」という意見は基本的に採用しません。
しかし、「今後の買い場」についての意見は参考にすることがあります。
実際に意見を参考にした例
実際に、
- トランプショック
- 植田ショック
と言われた小さな下落のとき、
- まだまだ下がる
- ここから戻る
という両方の意見を見ながら投資をしました。
その結果、
- TOPIXの投資信託を特定口座で購入
- 想像以上に下げた銘柄を購入
といった実験的な投資を行い、結果としてそこそこの利益になりました。
もちろん運が良かった部分もあります。
ただ、様々な意見を見て判断したことは良かったのではないかと思っています。
聞く価値がない情報
とはいえ、
すべての情報を同じように扱っているわけではありません。
私があまり参考にしないのは次の2つです。
①あからさまな嘘が含まれているもの
これは主に企業広告の動画などで見かけます。
最終的に自社の優位性を強調するために、事実を大きくねじ曲げて説明するケースです。
よくある手法は、
9割本当のことを言って、1割だけ誤った情報を混ぜる
というものです。
これは正直なところ、詐欺の手法と似ています。
そのため、
- データの信ぴょう性
- 発信しているメディアの信頼度
は常に確認するようにしています。
ただし、嘘の可能性があっても情報としては一応チェックはしています。
②情報だけで意見がないもの
例えば、
- アンケート結果をそのまま流すだけ
- 掲示板の書き込みをそのまま紹介するだけ
- 「第○位 ○○」のようなランキング動画
などです。
特にショート動画ではよく見かけます。
こうした情報は
他でもすぐに確認できるものが多いため、
あまり価値を感じません。
私は、その人の視点や解釈を知りたいからです。
ただし、掲示板の情報でも
- 注釈
- 独自の考察
が加えられているものは、むしろ好んで見ています。
まとめ
この記事を書いていて、自分でも思ったことがあります。
私は結局、
「情報」そのものではなく
「視点」を求めている
のだと思います。
今の時代、情報そのものはすぐに手に入ります。
だからこそ、自分とは違う視点に価値があるのではないかと感じています。

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